社会保険
関東ITソフトウェア健保に一人社長は入れるか(令和8年度の料率と加入基準)
結論
設立したばかりの一人社長の会社は、ITS健保の法人加入基準を満たしません。基準は被保険者20名以上(加入済み事業所の親会社・子会社・関連会社は5名以上)で、協会けんぽに1年以上加入していることも条件です。入れた場合でも、協会けんぽ東京支部との差は役員報酬月50万円で年3.5万円(40歳未満・労使計)にとどまります。
- ITS健保の令和8年度料率は健康保険9.50%・介護保険1.80%(健康保険は支援金込み)。協会けんぽ東京支部は10.08%・1.62%
- 加入には業種要件に加え、被保険者20名以上・協会けんぽ加入1年以上・厚生局の認可が必要で、申出から約6か月かかる
- 40〜64歳は介護保険料率がITSの方が高いため、健康保険の差が一部打ち消される
業界の健康保険組合は、協会けんぽより保険料率が低いことが多く、付加給付や保養施設もあります。IT系のフリーランスが法人化を考えるとき、「関東ITソフトウェア健康保険組合(ITS健保)に入れれば社会保険料が下がる」と期待するのは自然です。
ただし、ITS健保が公開している法人加入の基準は、一人社長の新設法人を想定していません。この記事では、組合の公表資料で加入基準と令和8年度の料率を確認し、仮に加入できた場合の保険料差を当サイトの計算エンジンで出しました。
ITS健保の令和8年度の保険料率
ITS健保の公表資料(令和8年4月分保険料から適用)では、料率は次のとおりです。比較のため、協会けんぽ東京支部の料率を並べます。
| 項目 | ITS健保 | 協会けんぽ東京支部 |
|---|---|---|
| 健康保険料率(支援金込み) | 9.50% | 10.08% |
| 介護保険(40〜64歳のみ) | 1.80% | 1.62% |
| 40〜64歳の合計 | 11.30% | 11.70% |
協会けんぽ東京支部の10.08%は、健康保険料率9.85%と子ども・子育て支援金率0.23%の合計です。ITS健保の9.50%は、組合の資料で「一般+調整+子ども・子育て支援金」を含む率として示されています。どちらも労使折半です。
健康保険は0.58ポイント低く、介護保険は0.18ポイント高い。40歳未満は健康保険の差だけが効き、40〜64歳は介護保険の差で一部が打ち消されます。
健康保険組合は、厚生労働大臣の認可のもとで一定の範囲内で料率を決められます。ITS健保も料率は毎年見直すと明記しています。協会けんぽの料率が都道府県ごとに医療費水準を反映して決まるのとは、仕組みが違います。協会けんぽ側の都道府県差は協会けんぽの都道府県別料率の比較にまとめています。
法人加入の基準:一人社長の会社が満たせない条件
ITS健保の「加入基準・申請の流れ」には、法人として加入するための基準が列挙されています。主なものは次のとおりです。
| 基準 | 内容 |
|---|---|
| 業種 | パッケージソフトウェア、ソフトウェアプロダクトの研究開発・流通、コンピュータ・周辺機器の販売・保守、コンピュータによる情報提供のいずれかが主要業務で、登記上の目的にも同様の記載があること(または加入済み事業所の親会社・子会社・関連会社) |
| 社会保険の加入歴 | 社会保険加入期間が1年以上あり、現在、東京・神奈川・千葉・埼玉・茨城・栃木・群馬・新潟・長野・山梨の協会けんぽに加入していること |
| 被保険者数 | 20名以上(加入済み事業所の親会社・子会社・関連会社は5名以上) |
| 報酬水準 | 標準報酬月額11.8万円(8等級)以下の被保険者がいないこと(事業所平均が組合平均を超える場合を除く) |
| その他 | 平均年齢・扶養率が組合平均を著しく上回らないこと、過去1年間の公租公課の滞納がないこと、資本金を超える欠損金がないこと など |
一人社長の会社にとって決定的なのは被保険者20名以上です。役員1人だけの会社では、業種がぴったり合っていても届きません。加入済み事業所の関連会社という例外でも5名以上が必要です。
さらに「協会けんぽに1年以上加入していること」が条件なので、法人を設立して最初に入るのはどのみち協会けんぽです。
審査と認可の流れ
基準をすべて満たしたうえで、加入申出書と会社概要を郵送し、組合から案内を受けて審査書類を出します。審査書類には履歴事項全部証明書、直近の法人税申告書と決算書、法人税の納税証明書、直近1年分の源泉所得税と社会保険料の領収書、事務所の賃貸借契約書などが含まれます。
組合は「総合的判断」で審査し、関東信越厚生局の認可が下りて加入(組合編入)となります。必要書類の提出から約6か月かかると案内されています。
審査の個別の可否基準は公開されていません。上の表の基準を満たしても加入が約束されるわけではない点に注意してください。
仮に加入できた場合、保険料はいくら下がるか
従業員を増やして基準を満たした場合の参考として、役員報酬別に保険料差を計算しました。標準報酬月額表と協会けんぽの料率は当サイトの税率データ(rates-2026.json)、ITS健保の料率は上の公表値を使っています。
| 役員報酬(月額) | 標準報酬月額 | 40歳未満の年間差(労使計) | 40〜64歳の年間差(労使計) | うち本人負担(40〜64歳) |
|---|---|---|---|---|
| 20万円 | 200,000円 | −13,920円 | −9,600円 | −4,800円 |
| 30万円 | 300,000円 | −20,880円 | −14,400円 | −7,200円 |
| 40万円 | 410,000円 | −28,536円 | −19,680円 | −9,840円 |
| 50万円 | 500,000円 | −34,800円 | −24,000円 | −12,000円 |
| 60万円 | 590,000円 | −41,064円 | −28,320円 | −14,160円 |
| 80万円 | 790,000円 | −54,984円 | −37,920円 | −18,960円 |
| 100万円 | 980,000円 | −68,208円 | −47,040円 | −23,520円 |
| 140万円 | 1,390,000円 | −96,744円 | −66,720円 | −33,360円 |
※ITS健保 − 協会けんぽ東京支部。健康保険・介護保険のみで、厚生年金は差がないため含めていません。賞与なし。計算は node scripts/kanto-its-kenpo-hitori-shacho.mjs。
役員報酬月50万円・40歳未満で、労使合わせて年3.5万円の差です。一人社長の会社では会社負担分も自分の会社のお金なので、労使計がそのまま手元に残る額の目安になります。40〜64歳では介護保険料率の逆転があるため、同じ報酬で年2.4万円に縮みます。
健康保険の標準報酬月額の上限は、協会けんぽと同じく139万円(50等級)です。それ以上の報酬では差は広がりません。
法人化の判定への影響は小さい
当サイトの判定ツールは、健康保険を協会けんぽの都道府県支部の料率で計算しています。健康保険組合に入れる場合は社会保険料が少し下がるので、法人化が有利になる分岐点は下がる方向に動きます。どのくらい動くかを、計算エンジンの料率だけをITS健保に差し替えて確かめました。
| 条件 | 協会けんぽ東京支部 | ITS健保に加入できた場合 |
|---|---|---|
| 損益分岐(事業所得・40歳未満) | 1,266万円 | 1,239万円 |
| 損益分岐(事業所得・40〜64歳) | 1,243万円 | 1,224万円 |
| 売上1,200万円の実質差額(40歳未満) | −14.7万円 | −12.0万円 |
| 売上1,200万円の実質差額(40〜64歳) | −10.0万円 | −8.4万円 |
※経費200万円・単身・インボイス登録済み・東京23区・合同会社・青色申告(e-Tax)。実質差額は2年目以降の定常状態で、税理士報酬の差を差し引いた値。売上1,200万円の最適役員報酬は、40歳未満で月54万円、40〜64歳で月45万円(どちらの健康保険でも同じ)。
損益分岐は20万〜30万円ほど下がるだけです。法人化が有利か不利かの結論を、健康保険組合への加入で引っくり返せるケースはほとんどありません。
もう一つの見方として、この差が実際に効くのは被保険者20名以上の会社になってからです。その規模の会社にとって、法人化するかどうかはもう論点ではありません。一人社長の法人化判断では、協会けんぽ前提で計算しておけば足りるということになります。
保険料以外の違い:付加給付と保健事業
ITS健保は、加入のメリットとして保険料以外に次の点を挙げています。
- 付加給付:法定給付に上乗せする組合独自の給付。協会けんぽには付加給付はありません
- 保健事業:直営の健診センター(山王・大久保)と契約健診機関での健康診断
- 保養施設:直営・通年保養施設が1泊6,600円(被保険者・被扶養者)、契約宿泊施設の利用補助
これらは手取りの比較には表れない価値です。ただ、いずれも加入できて初めて意味を持ちます。
一人社長がITS健保に入る道は、社員を雇ってすでに加入している会社に勤めることくらいです。自分の会社の役員として加入するなら、上の基準を満たすまで事業を育てる必要があります。
まとめ
- ITS健保の令和8年度料率は健康保険9.50%・介護保険1.80%で、協会けんぽ東京支部(10.08%・1.62%)より健康保険は低く、介護保険は高い
- 法人加入には被保険者20名以上、協会けんぽ加入1年以上、厚生局の認可が必要で、一人社長の新設法人は基準を満たさない
- 加入できた場合の差は、役員報酬月50万円・40歳未満で年3.5万円(労使計)
- 法人化の損益分岐は20万〜30万円下がる程度で、判定の結論はほぼ変わらない
一人社長の法人化は、協会けんぽ前提で計算するのが現実に合います。業界健保の話の前に、自分の売上と経費で法人化の差額を確かめてください。
よくある質問
法人を作ってすぐITS健保に申し込めますか?
ITS健保の加入基準には「社会保険加入期間が1年以上あり、現在関東甲信越の10都県の協会けんぽに加入していること」が含まれています。設立直後はまず協会けんぽに加入することになり、ほかの基準もすべて満たしたうえでの申出になります。
業種がソフトウェア開発なら必ず入れますか?
業種は入口の条件の一つにすぎません。被保険者数、報酬水準、平均年齢、扶養率、公租公課の滞納の有無、欠損金の状況などの基準があり、組合が総合的に審査したうえで関東信越厚生局の認可を経て加入となります。
ITS健保に入ると厚生年金保険料も変わりますか?
変わりません。健康保険組合が扱うのは健康保険と介護保険です。厚生年金保険料率は全国一律の18.3%で、加入先の健康保険によって変わることはありません。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。