税金の基礎
帳簿がないと推計課税。青色申告者が先に承認を取り消される順序
結論
帳簿がない、または調査で帳簿を提示しないと、税務署は財産・債務の増減や収支、販売量・従業員数などから所得を推計して更正・決定できます(所得税法156条、法人は法人税法131条)。ただし青色申告者の事業所得は推計の対象外なので、まず青色申告の承認を取り消し、白色にしてから推計します。帳簿を付けないまま法人化しても、この構造は変わりません。
- 国税庁の事務運営指針は、帳簿の「保存」には税務職員への提示を含むとし、提示を拒めば提示がなかった最も古い年分以後の青色承認を取り消すとしている
- 推計によらなければ所得を計算できない状況も、青色承認の取消事由として事務運営指針に明記されている(個人・法人とも)
- 当サイトの計算では、売上1,200万・経費200万の人は青色65万円なら個人が年14.7万円有利、白色なら法人が年7.2万円有利と結論が逆転する
推計課税は「帳簿がない人への罰」として語られがちですが、条文の作りを見ると、もう少し段取りのある仕組みです。青色申告者にはそもそも推計ができず、推計の前に青色申告の承認の取消しが挟まります。つまり帳簿がない状態で失うのは、推計された税額だけではありません。青色申告特別控除や損失の繰越しといった、青色申告であることを前提にした計算そのものが消えます。
この記事では、推計課税の条文、青色申告者を推計できない理由と取消しの順序、法人化しても変わらない点、そして白色に落ちたときに法人化の判断がどう動くかを順に見ます。税務調査の件数や確率は法人の税務調査はどれくらいの確率で来るか、白色申告の人数は白色申告の事業所得者は約3割で扱っているので、ここでは帳簿がないと何が起きるかに絞ります。
推計課税は、実額が分からないときの更正・決定の方法
所得税は申告納税制度なので、本来は納税者が帳簿にもとづいて実額で所得を計算します。税務調査で申告が誤っていれば、税務署長が更正(申告額を直す)し、申告がなければ決定(税額を決める)します。ここまでは実額の世界です。
ところが帳簿がなければ、税務署にも実額が分かりません。そこで所得税法156条は、税務署長が更正・決定をする場合に、次のような間接的な資料から所得を推計してよいと定めています。
| 条文に挙がっている推計の材料 | 実務での呼び方の例 |
|---|---|
| 財産・債務の増減の状況 | 純資産増減法 |
| 収入・支出の状況 | 比率法(同業者の所得率などを当てる) |
| 生産量・販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模 | 効率法 |
税務大学校の論叢は、これらの方法は例示にすぎず、条文に挙がっていない方法も合理的なら使えると解されている、と整理しています。法人税法にも131条に同様の規定があります。
推計がいつでも使えるわけではありません。税務大学校の講本(所得税法)は、白色申告者であっても実際の金額が確認できない場合に初めて推計が許されるとし、具体例として次の3つを挙げています。
- 主要な帳簿の備付けがない
- 記録が不正確で信ぴょう性がない
- 資料の提示を拒むなど、調査に協力的でない
3つ目が見落とされやすいところです。帳簿が手元にあっても、見せなければ「ない」のと同じ扱いになり得ます。
青色申告者は推計できない。だから先に承認が取り消される
所得税法156条は、推計の対象から青色申告書に係る年分の不動産所得・事業所得・山林所得を除いています。青色申告書の更正は、帳簿を調査し、その帳簿で計算の誤りが認められた場合に限って行うのが原則です(所得税法155条1項)。青色申告は「帳簿にもとづく実額課税」とセットの制度なので、推計とは両立しません。
では青色申告者が帳簿を付けていない、あるいは見せない場合はどうなるか。国税庁の「個人の青色申告の承認の取消しについて(事務運営指針)」が順序を示しています。
| 取消事由(所得税法150条1項) | 事務運営指針の扱い | 取り消す年分 |
|---|---|---|
| 1号:帳簿書類の備付け・記録・保存が規定どおりでない | 「保存」には税務職員への提示を含む。再三求めても正当な理由なく提示を拒めば該当 | 提示がなかった年分のうち最も古い年分以後 |
| 2号:帳簿書類について税務署長の指示に従わない | 指示に従わなければ該当 | 指示に係る年分以後 |
| 3号:隠ぺい・仮装など | 帳簿への記載等が不十分で、156条の推計によらなければ適正な所得を計算できない状況も該当 | 該当することとなった年分以後 |
3号の基準には、隠ぺい・仮装による所得が更正後の所得の50%を超える場合(500万円未満を除く)という形式基準もありますが、推計が必要な状況はそれとは別の独立した取消事由として並んでいます。法人向けの事務運営指針(令和8年6月30日改正)も、法人税法127条1項について同じ構造で、推計の根拠条文が131条になるだけです。
流れを並べると次のとおりです。
- 調査で帳簿の提示を求められる
- 帳簿がない・見せない・記載が不十分で実額が分からない
- 青色申告の承認が、該当する年分以後について取り消される
- 白色申告として扱われる年分について、推計で更正・決定される
取り消されると、推計額以外も変わる
承認が取り消された年分は、青色申告者だけに認められる計算が使えなくなります。事務運営指針は、取消しの判定の際に「青色申告者に係る繰り越された純損失の金額」や「青色申告書を提出する者に限り必要経費に算入できる金額」を、控除しない・算入したものとして計算する扱いを置いています。これは裏返せば、取消し後はそれらが使えなくなる前提です。青色申告特別控除や青色事業専従者給与がこれにあたります。
白色申告でも帳簿はいる。保存は7年
「白色なら帳簿はいらない」という理解は誤りです。国税庁タックスアンサーNo.2080によれば、事業所得・不動産所得・山林所得がある人は、白色申告でも記帳と帳簿書類の保存が必要です。
| 白色申告で保存が必要なもの | 保存期間 |
|---|---|
| 収入金額や必要経費を記載した帳簿(法定帳簿) | 7年 |
| 業務に関して作成した上記以外の帳簿(任意帳簿) | 5年 |
| 決算に関して作成した棚卸表その他の書類 | 5年 |
| 請求書、納品書、送り状、領収書などの書類 | 5年 |
記帳は日々の合計額でまとめる簡易な方法でもよいとされています。求められている水準は高くありません。それでも付けていなければ、推計の3条件の1つ目にそのまま当てはまります。
さらに、令和5年分の確定申告に対する修正申告等からは、売上げに関する帳簿を保存していなかった場合や売上げの記載が不十分だった場合に、過少申告加算税・無申告加算税の割合が5%または10%加重されます。加算税の基本の割合と加重の関係は修正申告の加算税はいくらかで計算しています。
法人化しても、帳簿がなければ同じことが起きる
「個人の帳簿が面倒だから法人にする」は、推計課税の観点では解決になりません。法人税法には131条で推計の規定があり、青色申告法人は推計できないので先に承認を取り消す、という順序も個人と同じです。法人向けの事務運営指針は、提示を拒んだ場合について、取消事由に該当する旨を告げて再三再四説得に努め、その経過を詳細に記録するよう求めたうえで、提示がなかった最も古い事業年度以後の承認を取り消すとしています。取消処分の後に不服申立ての段階で帳簿を出しても、原処分の効力には影響しないとも明記しています。
法人には、個人にない事情もあります。
- 法人の取消しには、2事業年度連続して期限内に申告書を出さないという4号の事由がある(2事業年度目以後の承認を取り消す)
- 法人の帳簿保存期間は原則7年、欠損金がある事業年度は10年。詳しくは法人の帳簿保存は7年か10年か
- 役員報酬・社会保険・源泉徴収と、記帳の対象が個人より増える
法人化は帳簿の負担を減らす選択ではなく、増やす選択です。帳簿を付ける体制がないまま法人にすると、承認取消しのリスクを抱えたまま、法人住民税の均等割や税理士報酬という固定費だけが増えます。
白色に落ちると、法人化の判断が逆転する
承認が取り消されて白色申告になると、個人のままの手取りが下がります。その分、法人化が「有利」に見える範囲が広がります。当サイトの計算エンジンで、条件別の損益分岐点を出しました。
| 条件 | 損益分岐となる事業所得 |
|---|---|
| 基本(独身・インボイス登録済み) | 1,266万円 |
| 白色申告 | 793万円 |
※ 経費200万円・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 表示した条件以外は基本条件と同じ。実質差額がプラスに転じる事業所得(青色申告特別控除の前) ※ いずれも3年目以降の定常状態。設立1〜2期の消費税免税(インボイス未登録の場合のみ)は含まない
同じ売上で、青色と白色の差を個別に見るとこうなります。
| 売上・経費 | 申告 | 個人の手取り | 法人化の手取り(最適報酬) | 実質差額(法人−個人) |
|---|---|---|---|---|
| 1,000万・200万 | 青色65万(e-Tax) | 540.7万円 | 536.6万円 | −24.1万円 |
| 1,000万・200万 | 白色 | 516.2万円 | 536.6万円 | +0.4万円 |
| 1,200万・200万 | 青色65万(e-Tax) | 657.1万円 | 662.4万円 | −14.7万円 |
| 1,200万・200万 | 白色 | 635.2万円 | 662.4万円 | +7.2万円 |
※ 東京23区・40歳未満・独身・インボイス登録済み・合同会社。最適役員報酬は月54万円。実質差額は税理士報酬・均等割などの固定費を引いた3年目以降の値。当サイトの計算エンジン(compare)で算出
白色の数字だけを見ると「法人化したほうが有利」に見えます。しかしこれは、個人で青色申告をきちんと続ければ得られる控除を捨てた状態との比較です。帳簿が付けられない人が法人にしても、法人側の計算は「帳簿が正しく付いていて青色申告法人でいられる」ことが前提なので、比べている条件がそろっていません。
順番としては、まず個人で帳簿を付けて青色申告に戻り、その条件で法人化を比べるのが筋です。青色申告の申請期限は青色申告の申請期限にまとめています。
まとめ
- 帳簿がない・記録が不正確・提示を拒む場合、税務署は財産の増減や同業者比率などから所得を推計して更正・決定できる(所得税法156条、法人税法131条)
- 青色申告者の事業所得は推計できないため、先に青色申告の承認が取り消され、その後に推計される
- 帳簿の「保存」には調査での提示が含まれる。見せなければ、ないのと同じ扱いになり得る
- 白色申告でも記帳・保存義務はあり、法定帳簿は7年保存。売上の帳簿がないと加算税も加重される
- 白色のままでは法人化が有利に見えやすい。帳簿を整えて青色にした条件で比べ直す
よくある質問
白色申告なら帳簿を付けなくてもよいのですか
いいえ。事業所得・不動産所得・山林所得がある人は、白色申告でも記帳と帳簿書類の保存義務があります。日々の合計額でまとめて書くなどの簡易な方法は認められていますが、法定帳簿は7年間の保存が必要です。
推計課税されると、税額は必ず実際より高くなりますか
推計は同業者の比率や財産の増減などから合理的に所得を見積もる方法で、実額より高くなるとは限りません。ただし実額を示す帳簿がないため、納税者の側から推計額が過大だと反論する材料が乏しくなります。
法人にしても推計課税はありますか
あります。法人税法131条に所得税法156条と同様の推計の規定があります。青色申告法人には推計できないため、帳簿が不十分な場合は先に青色申告の承認が取り消されるという順序も個人と同じです。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。