設立の手続き
電気通信事業の届出は法人成りで承継できる。条件は事業の「全部」
結論
電気通信事業法17条は、電気通信事業の全部を譲り渡したとき譲受人が電気通信事業者の地位を承継すると定めています。個人で届出をしたWebサービスを会社へ丸ごと事業譲渡する法人成りなら、会社は新規の届出をせず、遅滞なく承継の届出を出します(17条2項)。届出に登録免許税はかからないため、東京23区・経費300万円の試算では損益分岐は2年目以降1,266万円、初年度1,364万円で、設立費用以外の上乗せはありません。
- 利用者どうしのメッセージを仲介する機能があると届出が要る。情報を一方的に配信するだけのサイトやSaaSは、回線設備を持たなければ届出不要(総務省の参入マニュアル追補版)
- 承継の届出を怠ると30万円以下の罰金(188条1号)。そもそも届出なしで営むと6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(185条1号)
- 承継は「事業の全部」の譲渡が条件。サービスの一部を個人に残すと文言上は承継に当たらず、会社で新規の届出を検討することになる
このテーマの全体像 会社設立の手続き(自分でやる手順と届出)
結論ブロックのとおり、電気通信事業の届出は会社に引き継げます。このクラスタで扱ってきた警備業や探偵業のように取り直しになる業法とは違い、電気通信事業法には事業譲渡による承継の条文があります。
ただし、個人開発者の法人成りで本当に問題になるのは手続きの前段です。自分のサービスがそもそも届出の対象かを確かめないまま法人化の準備を進めると、承継する地位がないことに後から気づきます。この記事では、届出が要るサービスの線引き、承継が成り立つ条件、取り違えやすい廃止届を条文で確認し、最後に損益分岐を計算エンジンで出します。
届出が要るのは「利用者どうしの通信を仲介する」サービス
電気通信事業法は、電気通信設備を使って他人の通信を媒介すること、または設備を他人の通信の用に供することを「電気通信役務」と呼び(2条3号)、これを他人の需要に応じて提供する事業を「電気通信事業」としています(2条4号)。
ここで個人開発者がつまずくのが、電気通信事業に当たっても届出が要らない類型があることです。164条1項3号は、他人の通信を媒介しない役務を、電気通信回線設備を設置せずに提供する事業を法律の適用から外しています。いわゆる「第3号事業」です。レンタルサーバーやクラウドの上でサービスを動かしているだけなら、回線設備は設置していません。
結局、届出の要否は「利用者どうしの通信を仲介しているか」でほぼ分かれます。総務省の電気通信事業参入マニュアル[追補版]が挙げる事例を、個人開発で多い型に絞って並べると次のとおりです。
| サービスの型 | 判断(回線設備を持たない場合) |
|---|---|
| 自分の情報だけを発信するWebサイト | 電気通信事業に当たらない |
| 自社商品のECサイト・問い合わせフォーム | 電気通信事業に当たらない |
| ニュース・天気などの情報配信、SaaS | 届出不要(第3号事業) |
| ECモール・フリマの「場」の提供、SNS、電子掲示板 | 届出不要(第3号事業) |
| マッチングサイト・アプリ(利用者間のメッセージ付き) | 届出が必要 |
| メッセージアプリ、クローズドなチャット、オンライン会議 | 届出が必要 |
| 上の「届出不要」の型に、利用者間のメッセージ機能を付けたもの | 届出が必要 |
最後の行が要点です。SaaSやフリマの「場」の提供は単体なら届出不要ですが、マニュアルはサービスの一部として利用者間のメッセージを媒介する機能を付けると、届出が必要になると明記しています。主な機能がメッセージでなくても同じです。SNSや電子掲示板も、前年度の月間アクティブ利用者数の平均が1,000万以上なら届出の対象ですが、個人開発の規模ではまず該当しません。
登録ではなく届出になる理由
電気通信事業を営む者は原則として総務大臣の登録を受けますが、設置する電気通信回線設備の規模と区域が省令の基準を超えない場合は登録が不要で(9条)、16条の届出で足ります。クラウド上のWebサービスやアプリはこちらです。登録には登録免許税15万円がかかりますが(登録免許税法別表第一)、届出には登録免許税の項目がありません。
法人成りは「事業の全部の譲渡」なら承継で足りる
17条1項は、電気通信事業の全部の譲渡しがあったとき、譲り受けた者が電気通信事業者の地位を承継すると定めています。個人がサービスを会社へ移す法人成りは、個人から会社への事業の譲渡です。
| 手続き | 根拠 | 期限 | 怠ったとき |
|---|---|---|---|
| 承継の届出(会社が出す) | 17条2項 | 遅滞なく | 30万円以下の罰金(188条1号) |
| 新規の届出(承継しない場合) | 16条1項 | 事業を始める前 | 6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(185条1号) |
| 廃止の届出 | 18条1項 | 遅滞なく | 30万円以下の罰金(188条1号) |
17条1項のただし書きは、登録を受けた事業者の承継に限って、譲受人が欠格事由(12条1項1号〜4号)に当たる場合を除いています。届出の事業者にはこの審査がかかりません。事前の認可が要る建設業許可や、承継の条文がない古物商許可とはここが違います。業法ごとの比較は法人成りで許認可は引き継げるかにまとめています。
同じ「承継できる」型でも、整備工場の認証は届出期限が30日と日数で決まっていました。電気通信事業法は**「遅滞なく」で日数を定めていない**ため、譲渡日を契約書で明確にしておかないと、いつから遅れているのかを説明できなくなります。
「全部」でなければ承継にならない
17条の承継は、電気通信事業の全部の譲渡が条件です。個人開発者は複数のアプリを並行して運営していることが多く、法人成りのときに一部を個人に残す判断をしがちです。
条文の文言どおりに読むと、届出の対象になっているサービスの一部だけを会社へ移した場合は、承継には当たりません。会社は移したサービスについて16条の新規届出を検討し、個人は残したサービスで引き続き電気通信事業者のままになります。メッセージ機能のない別アプリ(第3号事業や、そもそも電気通信事業でないもの)を個人に残すだけなら、電気通信事業の「全部」には影響しないと考えられますが、自分のケースがどちらかは総合通信局に確認するのが確実です。
個人の廃止届を先に出さない
税務署には個人事業の廃業届を出しますが、総合通信局へ出すのは廃止届ではありません。18条の廃止届は事業をやめたときの手続きで、事業を会社が続ける法人成りとは目的が違います。法人成りで事業を続けるのは会社なので、会社が出すのは17条2項の承継の届出です。廃止届を出すべき場面かどうかに迷ったら、提出前に総合通信局へ確認します。
承継のあと、会社の名称・住所・代表者の氏名など届出事項が個人のときと変わっている点は、16条3項の変更届で遅滞なく届け出ます。届出先は総務省の案内で、個人は住所、法人は本店所在地を管轄する総合通信局とされています。
法人成りで変わらないもの、変わるもの
届出の地位は承継できても、事業の中身を会社に移す作業は別にあります。
| 項目 | 法人成りでの扱い |
|---|---|
| 電気通信事業の届出 | 全部の譲渡なら承継。承継の届出を遅滞なく |
| 利用規約・利用者との契約 | 事業者名を会社に改める。既存利用者の契約の扱いは契約上の地位の移転を参照 |
| アプリストア・決済・サーバーのアカウント | 各社の名義変更手続き。届出とは別に進める |
| インボイス登録 | 個人の登録番号は会社に引き継げない(登録番号の扱い) |
| ソースコード・ドメイン等の資産 | 事業譲渡の対価の決め方は資産の引継ぎを参照 |
承継の届出を出す時点で、会社が実際にサービスを提供している状態になっていることが前提です。アカウントの名義変更が数週間かかる場合、譲渡日をいつに置くかで「遅滞なく」の起点が動きます。
届出の費用がかからないので、損益分岐は設立費用だけで決まる
警備業や測量業の記事では、取り直しの手数料や登録免許税を初年度の差額に上乗せしました。電気通信事業の届出は承継でも新規でも登録免許税がかからず、法律上の手数料もありません。法人化の判断に乗るのは設立費用と税理士報酬だけです。
なお、個人事業税は地方税法72条の2で電気通信事業が第1種事業に挙がっています。以下の試算は第1種の税率5%で計算しています。サービスの収入がどの業種として扱われるかは都道府県が判断します。
東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社、経費は年300万円(サーバー・外注・広告など)と置いて、事業所得ごとに計算エンジンで比べました。
| 事業所得(売上−経費) | 最適な役員報酬 | 個人の手取り | 法人化の手取り | 2年目以降の実質差額 | 初年度の実質差額 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1,000万円 | 月54万円 | 657万円 | 662万円 | −15万円 | −25万円 |
| 1,200万円 | 月54万円 | 774万円 | 788万円 | −7万円 | −17万円 |
| 1,300万円 | 月54万円 | 826万円 | 849万円 | +4万円 | −6万円 |
| 1,400万円 | 月54万円 | 877万円 | 911万円 | +14万円 | +4万円 |
| 1,600万円 | 月54万円 | 979万円 | 1,033万円 | +33万円 | +23万円 |
| 2,000万円 | 月90万円 | 1,185万円 | 1,272万円 | +67万円 | +57万円 |
※ 実質差額は、法人と個人の税理士報酬の差(年20万円)を差し引いた値。初年度はさらに合同会社の設立費用10万円を差し引いている。2026年(令和8年)分基準の概算
損益分岐となる事業所得(青色申告特別控除の前)は、2年目以降が1,266万円、設立費用を含む初年度が1,364万円です。届出の費用がないぶん、取り直し型の業種より初年度の分岐点は低く出ます。
インボイス登録をしていない場合でも、2年目以降の損益分岐は1,266万円で変わりません。設立1〜2期の消費税免税を見込むと初年度の数字は動きますが、個人向けアプリで利用者が消費者中心なら、そもそも登録しているかどうかから確かめる必要があります。論点はインボイス登録済みなら2年間免税は受けられないで整理しています。
数字は前提で動きます。自分の売上と経費を判定ツールに入れて、どの役員報酬で差が出るかを確かめてください。
まとめ
- 利用者どうしのメッセージを仲介する機能があるWebサービス・アプリは、回線設備を持たなくても電気通信事業の届出が要る。情報配信やSaaS単体は届出不要
- 法人成りで電気通信事業の全部を会社へ譲渡すれば、会社が地位を承継する(17条1項)。出すのは新規の届出ではなく承継の届出で、期限は「遅滞なく」
- 一部のサービスだけを移すと文言上は承継に当たらない。廃止届と承継届を取り違えない
- 届出に登録免許税はかからず、東京23区・経費300万円の試算で損益分岐は2年目以降1,266万円、初年度1,364万円
よくある質問
個人のときに電気通信事業の届出をしていなかったと法人成りの準備中に気づきました。どうすればよいですか。
届出をしていない個人には承継する地位がないため、17条の承継届は使えません。会社が事業を始める前に16条の届出をすることになります。過去の無届の扱いを含め、管轄の総合通信局に相談するのが確実です。
アプリのストアアカウントやサーバー契約を会社名義に移すのに時間がかかります。承継届はいつ出せばよいですか。
17条2項は「遅滞なく」とだけ定め、日数の期限はありません。承継は事業の全部を譲り渡した時点で生じるので、事業譲渡契約で譲渡日を決め、その日を起点に届け出るのが筋です。アカウントの名義変更が遅れる場合の扱いは総合通信局に確認してください。
法人成りの後、会社の本店が個人のときの住所と違う地域になります。届出先は変わりますか。
総務省の案内では、届出先の総合通信局は個人なら住所、法人なら本店所在地で決まります。承継後に名称・住所が変わったときは、16条3項の変更届も遅滞なく出します。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。