設立の手続き

法人成りで取引先との契約は移らない。契約上の地位の移転と相手の承諾

結論

個人事業主として結んだ契約は、会社を設立しても会社には移りません。契約ごと移すには、個人と会社の合意に加えて取引先の承諾が要ります(民法539条の2)。事業所得1,800万円で法人化の実質差額は年47.0万円ですが、承諾が得られずに失う利益が76万円を超えると、この差額は消えます。

  • 契約上の地位は、譲渡する側と譲り受ける側の合意だけでは移らない。契約の相手方が承諾したときに移転する(民法539条の2)
  • 売掛金だけなら債権譲渡で移せる。譲渡制限特約があっても譲渡は有効だが、特約を知る譲受人には支払いを拒める(民法466条2項・3項)
  • 事務所の賃借権は貸主の承諾なしに譲渡できず、無断で使わせると解除の理由になる(民法612条)

会社を設立した日から、取引先との仕事も会社の仕事になる、と考えがちです。しかし民法上、個人事業主と会社は別の人格です。会社を作っても、個人の名前で結んだ契約の当事者は個人のままです。

移す方法は3つあり、どれを選ぶかで取引先に頼むことの重さが変わります。承諾が遅れたり断られたりすれば、その取引の利益は個人に残るか、失われます。法人化の差額がそれにどこまで耐えられるかを、計算エンジンで出しました。

会社を作っても、契約の当事者は個人のまま

法人成りは、新しい会社を設立する手続きです。個人事業主が会社に変わるわけではありません。設立登記をしても、個人として結んだ次の契約は書き換わりません。

  • 取引先との業務委託契約・継続取引の基本契約
  • 事務所や店舗の賃貸借契約
  • 複合機・車両などのリース契約
  • 従業員との雇用契約
  • 決済代行・ECモール・クラウドサービスの利用契約

会社名義の請求書を出しても、契約書の受注者が個人のままなら、取引先との関係では個人の取引です。借入金について同じことを扱った法人成りの借入金は自動的に法人へ移らないでは、債務だけを移す債務引受を整理しました。この記事で扱うのは、債権と債務を含む契約そのものの移し方です。

移し方は3つ。どれも取引先が関わる

方法移るもの取引先の関与根拠
契約上の地位の移転契約から生じる権利と義務の一式承諾が要る民法539条の2
契約の巻き直し(移さない)個人の契約を終え、会社が新しく結ぶ新しい契約の締結当事者の合意
債権譲渡売掛金など、お金を受け取る権利だけ通知または承諾で対抗できる民法466条・467条

契約上の地位の移転(民法539条の2)

民法539条の2は、契約の当事者の一方が第三者と契約上の地位を譲る合意をし、契約の相手方がその譲渡を承諾したときに、地位が第三者へ移ると定めています。法人成りに当てはめると、個人事業主(譲渡人)と自分の会社(譲受人)が合意し、取引先が承諾するという形です。

相手方の承諾が要件になっているのは、地位が移ると、相手方にとっては義務を果たす相手が入れ替わるためです。誰に仕事を任せるかは、取引先にとって契約の中身そのものです。

地位が移れば、単価・納期・検収の条件、解除の権利、未払いの代金といった契約の条件が、そのまま会社に引き継がれます。継続中の契約を条件を変えずに移したいときの方法です。実務では、個人・会社・取引先の三者で「契約上の地位の移転に関する合意書」を交わす形がよく使われます。

契約の巻き直し

個人の契約を期間満了や合意解約で終わらせ、会社が取引先と新しく契約を結ぶ方法です。取引先からすれば新しい取引先と契約するのと同じで、社内の取引先登録や与信審査をやり直すことがあります。

条件を見直す機会にもなりますが、取引先が新規取引の審査基準を当てはめると、設立間もない会社は不利に見えることがあります。代表者の個人保証を求められる場合は、後で触れる極度額の規定が関係します。

債権譲渡(売掛金だけを移す)

契約そのものは個人に残したまま、すでに発生した売掛金や、これから発生する代金を受け取る権利だけを会社に移す方法です。民法466条1項は、債権は原則として譲り渡せると定めています。467条1項は、譲渡人が債務者に通知するか、債務者が承諾すれば、債務者に対抗できるとしています。将来発生する債権の譲渡も含まれると、括弧書きで明記されています。

ただし、売掛金を会社に移しても、その仕事をした当事者が個人であることは変わりません。売上の帰属は代金を受け取る人ではなく、引渡しや役務の提供で決まります。法人成りの前後をまたぐ取引の振り分けは法人成りの12月納品・1月入金はどちらの売上かで扱っています。

契約の種類ごとに、承諾の重さが違う

539条の2は契約一般の規定です。契約の種類によっては、別の条文が承諾を求めています。

契約承諾を求める規定承諾なしに進めたとき
業務委託・継続取引民法539条の2(多くの契約書に譲渡禁止条項もある)地位は移らず、個人の契約のまま
事務所・店舗の賃貸借民法612条1項:貸主の承諾なしに賃借権を譲渡・転貸できない612条2項:第三者に使わせると貸主は解除できる
従業員の雇用民法625条1項:使用者は労働者の承諾なしに権利を譲れない雇用主は個人のまま
リース契約書の定めによる(所有者はリース会社)契約者変更か、会社での再契約
利用規約で結ぶサービス規約の定めと、事業者が用意する手続きによる個人のアカウントのまま

事務所の賃貸借は特に注意が要ります。個人で借りた事務所を会社の本店にし、会社が使い始めると、貸主から見れば借主以外の者が使っている状態です。612条2項は、賃借人が承諾なく第三者に使用させたときに貸主が解除できると定めています。貸主が借主の変更を新しい契約として扱い、礼金や名義変更の手数料を求めることもあります。その費用の税務上の扱いは事務所の礼金は20万円以上なら5年償却で整理しています。

雇用契約に625条1項がある理由も同じです。働く人にとって、誰の指揮のもとで働くかは契約の中身そのものです。従業員を会社で雇い直すときは、本人の同意を取ったうえで、社会保険・雇用保険の手続きを会社の側で行うことになります。

譲渡禁止条項があっても、売掛金の譲渡は有効

業務委託の契約書には「本契約上の地位および権利義務を第三者に譲渡してはならない」という条項がよく入っています。この条項があると、取引先の同意なしに契約上の地位を移すことはできません。

一方、売掛金の譲渡は扱いが異なります。民法466条2項は、譲渡を禁止・制限する特約があっても債権の譲渡は効力を妨げられないと定めています。ただし3項で、特約を知っていたか、重大な過失で知らなかった譲受人に対しては、債務者が支払いを拒み、譲渡人への弁済で済ませられるとしています。

法人成りでは、譲受人は自分の会社です。会社の代表者は契約書の当事者本人なので、特約を知らなかったとは言いにくい立場です。結局、取引先が拒めば代金は個人に払われます。466条の2は、譲渡制限のある金銭債権が譲渡されたとき、債務者が全額を供託できるとも定めています。取引先に手間を負わせる形になるため、事前に相談して承諾を得る方が実務上は円滑です。

書類と税金のこまかな扱い

売掛金の譲渡に関連して、次の点も一次情報で確認できます。

  • 消費税:金銭債権の譲渡は非課税取引です(国税庁 タックスアンサー No.6201)。個人から会社へ売掛金を移しても、その譲渡自体に消費税はかかりません
  • 印紙税:債権譲渡に関する契約書は第15号文書で、記載された契約金額が1万円以上か、金額の記載がなければ200円です(国税庁 印紙税額一覧表)。譲渡人が出す債権譲渡通知書と、債務者の承諾書は課税文書に当たりません(印紙税法基本通達 別表第一 第15号文書の4)
  • 第三者への対抗:会社の債権者など、取引先以外の第三者に譲渡を主張するには、通知か承諾を確定日付のある証書で行う必要があります(民法467条2項)

承諾が遅れても断られても、差額は縮む

契約を会社に移せなかった取引は、次のどちらかになります。

  1. 個人の契約のまま続く。売上は個人に残り、その年は売上が個人と法人に分かれる
  2. 取引先が会社との取引を望まず、取引そのものが終わる

1の場合、法人化した年は廃業までの事業所得と、設立後の役員報酬を同じ確定申告で合算します。設立月で控除がどう動くかは法人成りした年の確定申告で計算しました。個人の契約を残す期間が長いほど、個人事業の廃業も先送りになります。

2の場合は、その取引の利益がそのまま失われます。法人化の実質差額は、失う利益に対してかなり敏感です。事業所得(売上−経費、青色申告特別控除の前)ごとに、会社に移せず失った利益の額で実質差額がどう変わるかを出しました。

事業所得全部移る50万円失う100万円失う200万円失う300万円失う500万円失う
1,500万円+23.9万円−6.9万円−37.6万円−99.1万円−160.5万円−285.8万円
1,800万円+47.0万円+16.3万円−14.5万円−69.5万円−130.1万円−253.0万円
2,100万円+80.6万円+50.7万円+20.0万円−41.5万円−103.0万円−219.5万円
2,500万円+136.1万円+109.6万円+83.0万円+29.8万円−23.3万円−143.0万円
3,000万円+197.2万円+170.6万円+144.1万円+90.9万円+37.8万円−68.5万円

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分 基準 ※ 基準は「個人のまま全部の利益を得る」。実質差額は税理士報酬の差(年20万円)を引いた後の2年目以降の値。失った利益の分だけ法人の事業所得が減るとして計算(経費は据え置き)

実質差額がゼロになる「失う利益」の上限を、初年度(設立費用込み)と2年目以降に分けると次のとおりです。

事業所得全部移ったときの実質差額(2年目以降)失っても差額が残る上限(2年目以降)同(初年度・設立費用込み)
1,500万円+23.9万円38万円22万円
1,800万円+47.0万円76万円60万円
2,100万円+80.6万円132万円116万円
2,500万円+136.1万円256万円237万円
3,000万円+197.2万円371万円352万円

※ 前提は上の表と同じ。初年度は合同会社の設立費用10万円も引いた後

事業所得1,800万円なら、法人化の差額47.0万円は、失う利益が76万円を超えると消えます。初年度は設立費用が乗るため、上限は60万円まで下がります。事業所得の約4%にあたる取引を1件失うだけで、法人化が個人より不利になる計算です。

上限が差額そのものより大きいのは、失った利益にかかるはずだった税金と社会保険料も減るためです。それでも、1件の主要取引先が売上の1割を占めるような事業では、その取引先の承諾は法人化の損得を左右します。自分の売上と経費で、法人化の差額がどれだけあるかを判定ツールで確かめておくと、取引先と交渉するときの目安になります。

個人保証を求められたら、極度額を確認する

契約の巻き直しや地位の移転の条件として、取引先や貸主が代表者個人の保証を求めることがあります。設立間もない会社には取引の実績がないためです。

継続的な取引や賃貸借の保証は、将来発生する不特定の債務を保証する「根保証」になるのが一般的です。民法465条の2第2項は、保証人が個人の根保証契約は、極度額を定めなければ効力を生じないと定めています。保証を求められたときは、契約書に保証の上限額が書かれているかを確認できます。

切り替えの順番

契約の移し方は、取引先ごとに決めることになります。次の順で棚卸しすると、漏れを減らせます。

  1. 契約を一覧にする:取引先、契約期間、自動更新の有無、譲渡禁止条項、解除の条件、未回収の売掛金
  2. 移し方を決める:地位の移転、巻き直し、債権譲渡のどれで進めるか。取引先の社内手続きにかかる期間も聞いておく
  3. 合意書を交わす:地位の移転なら三者で、移転日と、その日より前の未払い代金・不具合の責任をどちらが負うかを書く
  4. 請求書の名義をそろえる:移転日から、会社の名称と会社の登録番号で請求する。番号の取り方は法人成りでインボイス番号は変わるで扱っています
  5. 個人事業を閉じる:個人の契約が残っていないことを確かめてから廃業届を出す。手続きと期限は個人事業の店じまいに5つの期限があるで整理しています

許認可が要る業種では、会社が許可を取るまで個人の契約で営業を続けることになります。業法ごとの承継の可否は法人成りで許認可は引き継げるかで確認できます。

まとめ

  • 会社を設立しても、個人事業主として結んだ契約の当事者は個人のまま。会社に移すには、取引先の承諾を得て契約上の地位を移すか(民法539条の2)、会社で結び直す
  • 売掛金だけなら債権譲渡で移せる。譲渡禁止特約があっても譲渡は有効だが、特約を知る会社には取引先が支払いを拒める(民法466条2項・3項)
  • 事務所の賃借権は貸主の承諾なしに譲渡できず、無断で会社に使わせると解除の理由になる(民法612条)
  • 事業所得1,800万円で実質差額は年47.0万円。会社に移せずに失う利益が76万円(初年度は60万円)を超えると、差額は消える
  • 法人化の差額がどれだけあるかは、一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で確かめてください

よくある質問

取引先に「法人にしました」と通知するだけで契約は会社に移りますか。

通知だけでは移りません。民法539条の2は、契約上の地位を譲る合意に対して契約の相手方が承諾したときに移転すると定めています。取引先の承諾を得るか、会社名義で契約を結び直す必要があります。

契約書に「権利義務を第三者に譲渡してはならない」と書いてあります。法人成りはできませんか。

法人成りそのものは制限されません。この条項があると、取引先の同意なしに契約を会社へ移すことができないという意味です。同意を得て地位を移すか、個人の契約を期間満了や合意で終えてから、会社名義で新しく契約することになります。

法人成り後も個人の契約のまま売上を受け取ると、どうなりますか。

契約の当事者が個人のままなら、その取引による売上は原則として個人のものです。会社の口座で受け取っても会社の売上になるとは限らず、個人の事業所得として申告が要る場合があります。取引ごとに誰が当事者かを確認してください。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。