税金の基礎

法人の経費と個人事業の違い。月1万円の損金で分岐点は46万円動く

結論

法人になっても経費の「額」が増えるわけではなく、経費にできる「範囲」が変わります。個人事業では落とせない支出を法人が年12万円分だけ損金にできると、法人化の損益分岐点は1,266万円から1,220万円へ46万円前に来ます。年60万円なら834万円、年120万円なら595万円です。一方で交際費の年800万円の上限や貸倒引当金のように、個人のほうが有利な論点もあります。

  • 分岐点の動き方は直線ではない。年12万円の損金で46万円、年60万円で432万円、年120万円で671万円前に来る
  • 配偶者ありで下がる250万円は、法人だけで年36万〜60万円を損金にできる効果と同じ範囲に収まる
  • 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社で計算(概算)

「法人にすると経費で落とせる範囲が広がる」とよく言われます。これは正しいのですが、広がるのは額ではなく範囲です。同じ家に住み、同じ車に乗り、同じ相手に同じ額を払っていても、個人事業では必要経費にならず、法人では損金になるものがあります。親に払う家賃や、自分に出す出張日当がその例です。

では、その差は法人化の判断をどれだけ動かすのでしょうか。当サイトの計算エンジンで、金額別に損益分岐点を計算しました。

月1万円の損金で、分岐点は46万円前に来る

個人事業のままなら手取りから払う支出を、法人なら損金にできるとします。個人側はその支出を手取りから払うので、「法人の手取り」と「個人の手取り − その支出」を比べました。

法人だけが損金にできる年間支出損益分岐となる事業所得基本との差
なし(基本)1,266万円—
12万円1,220万円−46万円
24万円1,176万円−90万円
36万円1,088万円−178万円
60万円834万円−432万円
90万円675万円−591万円
120万円595万円−671万円

※ 経費200万円(この支出を除く)・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 事業所得は青色申告特別控除を引く前。売上は個人・法人で同額に置いている ※ 税理士報酬の差額(年20万円)を引いた実質差額。3年目以降の定常状態で、設立1〜2期の消費税免税は含まない ※ scripts/houjin-keihi-kojin-chigai.mjs で再生成できます。計算の前提は計算方法にまとめています

月1万円、年12万円という小さな額でも、分岐点は46万円前に来ます。支出の額に対して分岐点の動き方が大きいのは、損金が増えると法人の所得が減り、そのぶん役員報酬の最適な置き方まで変わるためです。

そして効き方は直線ではありません。年12万円から24万円へ倍にすると下がり幅は46万円から90万円へほぼ倍ですが、36万円を超えたあたりから急に効き始め、年60万円で432万円下がります。90万円から120万円の区間では、30万円増やしても下がり幅は80万円しか伸びません。社会保険料の等級と、法人税の年800万円以下の部分の軽減税率の枠に当たる位置で、傾きが変わります。この軽減税率は令和9年3月31日までに開始する事業年度までの措置で、延長されない場合の影響は別に計算しています。

配偶者や自治体より、経費の置き場所のほうが効く

同じ計算エンジンで、条件別の分岐点も出せます。比べると、経費の置き場所がどのくらいの大きさの話なのかが分かります。

条件損益分岐となる事業所得
基本(独身・インボイス登録済み)1,266万円
株式会社で設立1,266万円
配偶者あり(無収入)1,016万円
配偶者あり+扶養1人1,066万円
インボイス未登録1,266万円
40〜59歳(介護保険あり)1,243万円
60〜64歳(介護保険あり・国民年金なし)1,362万円
大阪市1,283万円
名古屋市1,270万円
白色申告793万円

※ 経費200万円・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 表示した条件以外は基本条件と同じ。実質差額がプラスに転じる事業所得(npm run calc:table -- breakeven)

配偶者を扶養に入れられると250万円下がります。これは配偶者がいると法人化の分岐点は250万円下がるで扱っている、法人化の判断でいちばん大きな条件のひとつです。

その250万円は、法人だけで年36万〜60万円を損金にできる効果と同じ範囲に収まります。一方で自治体の違いは17万円、法人形態の違いは0円です。月3万〜5万円の支出をどちらの器で払うかは、住んでいる市や会社の種類を選び直すより大きく判定を動かします。

手取りに戻るのは、損金にした額の3分の1前後

分岐点だけでは、自分の所得帯でいくら変わるのかが見えません。事業所得別の実質差額も出しました。

事業所得法人だけの損金なし年36万円を損金に年90万円を損金に
500万円−49.8万円−37.7万円−19.8万円
700万円−31.2万円−18.0万円+1.4万円
800万円−24.1万円−10.8万円+9.1万円
1,000万円−14.7万円−1.3万円+18.7万円
1,200万円−6.6万円+7.3万円+27.4万円
1,500万円+23.9万円+37.7万円+58.6万円

※ 前提は1つめの表と同じ。プラスが法人有利、マイナスが個人有利(概算)

年36万円を損金にすると、どの所得帯でも12万〜14万円ほど法人側に寄ります。年90万円なら30万〜35万円です。手取りに戻るのは損金にした額の3分の1前後で、所得税・住民税・社会保険料の合計の負担率とほぼ重なります。

目を引くのは事業所得700万円の行です。損金がなければ年31.2万円の個人有利ですが、法人だけで年90万円を落とせるなら+1.4万円でわずかに逆転します。法人化の目安は所得800万円という通説が人によって当たらないのは、この手の条件が1件ずつ違うためです。

どの論点で、個人と法人のどちらが有利か

落とせる範囲が変わる論点は、大きく5つに分かれます。法人が有利なものと、個人のほうが有利なものが混ざっているのが実情です。

住居費と車 ── 法人が有利な幅が最も大きい

自宅の家賃は、個人事業主なら業務使用割合の按分しか使えません。法人なら役員社宅にできます。金額が大きいので、判定への影響もここが最大です。

生計を一にする親族への支払い ── 個人は0円、法人は損金

ここは差が最もはっきりしています。国税庁は「生計を一にする配偶者その他の親族に支払う地代家賃などは必要経費になりません」「逆に、受け取った人も所得としては考えません」と示しています(No.2210)。給与賃金も同じで、青色事業専従者給与だけが例外です。法人であればこの制限はありません。

ただし受け取る側に所得が立つので、世帯で見た手取りで判断することになります。

なお、親族が負担した固定資産税等は、借りている側の業務の必要経費になります。個人事業でも、家賃そのものとは扱いが分かれる点です。

資産の落とし方 ── 時期がずれる

同じ資産でも、経費になる時期と額が変わります。減価償却は個人では強制で、赤字の年でも償却が進みます。法人は任意なので、利益の出た年に寄せられます。

個人のほうが有利な論点 ── 交際費と貸倒引当金

法人化で不利になる側もあります。資本金1億円以下の法人は、交際費等のうち年800万円を超える部分(または接待飲食費の50パーセントを超える部分)が損金になりません(No.5265)。個人事業主にはこの定額控除限度額がありません。

貸倒引当金も個人のほうが厚くなります。青色申告者は年末の貸金の帳簿価額の合計額の5.5パーセント(金融業は3.3パーセント)まで必要経費にできますが(No.2070)、中小法人の法定繰入率はその他の事業で1,000分の6です(No.5501)。同じ売掛金で約9倍の差になります。

保険料 ── 所得控除か損金か

個人事業主が払う生命保険料は、経費ではなく所得控除です。法人契約なら保険料の一部または全部が損金になりますが、返戻率によって資産計上する割合が変わります。

「損金になる」と「課税されない」は別の話

一人社長でつまずきやすいのがここです。会社が払って損金になっても、社長個人の給与として課税されれば手取りは増えません。損金になるかどうかと、受け取る側で課税されるかどうかは、別々に判定します。

従業員がいない一人会社では、福利厚生費の「全員が対象」という要件を満たしにくく、役員だけが受ける利益は給与と扱われやすくなります。出張日当のように、損金になり、かつ受け取る側でも課税されない形が残っているものもあります。

判断の順番

上の表は「個人のままでも払う支出」を前提にしています。法人化のために新しく支出を作れば、損金は増えても手元のお金は減ります。順番としては、いま払っている支出のうち法人なら損金になるものを拾い、その合計額で分岐点を見ることになります。

論点ごとの線引きは、契約書の書き方や使用割合の実態で結論が変わります。金額が大きい住居費と親族への支払いは、個別の条件を確認する価値があります。

一般論の分岐点ではなく、ご自身の売上と経費で試算してください。

まとめ

  • 法人化で広がるのは経費の「額」ではなく「範囲」。同じ支出でも落とせるかどうかが変わる
  • 法人だけで年12万円を損金にできると分岐点は46万円、年60万円なら432万円前に来る。効き方は直線ではない
  • 配偶者を扶養に入れて下がる250万円は、年36万〜60万円を損金にできる効果と同じ範囲に収まる
  • 手取りに戻るのは損金にした額の3分の1前後。事業所得700万円でも、年90万円落とせれば逆転する
  • 交際費の年800万円の上限と貸倒引当金(個人5.5パーセント対その他の事業1,000分の6)は、個人のほうが有利
  • 一人会社では「損金になる」と「社長個人で課税されない」を別々に確かめる

よくある質問

法人にすると経費で落とせる額が増えるのですか

増えるのは額ではなく範囲です。同じ支出でも、個人事業では必要経費にならないものが法人では損金になる論点がいくつかあり、その分だけ課税所得が小さくなります。逆に交際費のように、法人になって初めて上限がかかる論点もあります。

法人だけが落とせる支出は、いくらくらいになるものですか

論点ごとに幅が大きく、ひとまとめの目安は出せません。住居費のように年数十万円単位で動くものと、新聞図書費のように年数万円で終わるものが混ざっています。自分の支出のうちどれが該当するかを拾ってから、合計額で分岐点を見るのが順番です。

経費を増やせば法人化は得になりますか

損金が増えれば法人の課税所得は減りますが、第三者へ出ていくお金が増えれば手元は減ります。この記事の計算は「個人のままでも払う支出」を前提にしています。法人化のために新しく支出を作ると、手取りはむしろ減ります。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。